四季折々の味覚を
奇をてらわず、実直に表現
車の通らない、人の往来も少ない行き止まりの小径。
犬矢来、つなぎ団子の赤提灯、格子戸、暖簾には流麗な店名の文字。
京都・祇園の風情あふれる軒先ながら、見上げると、
向こう側には恵比寿ガーデンプレイスタワーがそびえ立ち、
不思議なワープを感じさせる「京しずく」。
開業は2009年。「銀座 小十」での修業を経て2017年から同店で研鑽を積んできた片山清光さんが、2023年に先代から受け継ぎ、店主となった。
銀座の一流店で学んだ料理人の志
片山清光さんの故郷は山口県。広島に近い瀬戸内海に面した熊毛郡だ。
「おとなしい性格で、運動部には入っていませんでしたが、まあ、田舎ですから、自然とたわむれたり、友達と草野球をしたりして遊びました。母の夕飯作りを手伝うのが好きで、料理って楽しいなあと子ども心に思いましたね。
高校生の時、アルバイト先のカフェのマスターが東京で働いた経験のある人で、その話を聞くうちに、自分も東京に行きたいと思うようになりました。その時は、料理人を目指すというよりも、飲食店を経営したいというイメージでした」
最初に入ったのは品川の高級居酒屋。3年ほど厨房で働くうちに、正統な日本料理の技術をしっかり身につけたいと考えるようになり、2013年に門を叩いたのが、当時ミシュランガイド三つ星店の「銀座 小十」だった。
「約4年働きました。がむしゃらで濃厚な日々でしたね。
10人以上いた料理人が皆、“最高の料理とサービスを提供する”という同じベクトルで仕事に打ち込んでいた。技術的な学びもさることながら、そうした姿勢に何より感銘を受けました。
また、ある時、店主の奥田透氏から“自分の生き方についてどう考えているのか”と問われたことがありました。若くて無知だった僕は、“人からどう思われようが関係ない、自分のやりたいようにやる”というニュアンスで答えました。しかし、“人からどう思われるかは大事なことだよ”と言われました。
今となっては、その通りだとわかります。僕たち料理人はお客様あっての仕事であり、お客様が気持ちよく過ごし、満足して帰っていただくには、そんな身勝手では成り立ちませんから」
茶道を習うようになったのは、その頃。休日に東麻布の表千家「水光庵」へ稽古に通い、日頃は社員寮のプライベートスペースであるベッドの上で練習を繰り返した。また、和菓子作りにも興味を抱き、教室に習いに行った。それらがやがて自身の店の個性になるとは、当時は思いもしなかったという。
愛知県「八事窯」の2代目・中村道年による楽焼の平茶碗(夏茶碗)。お客様からいただいたもので、普段は大切に保管している。抹茶は大阪「三丘園茶店」。
おもてなしの心が凝縮された“しずく”
次の仕事場に選んだのは、現在の店でもある「京しずく」。京都で修業を積んだ岡田敬一さんが2009年に開いた京懐石の店だ。住所は目黒区三田だが、恵比寿との境に位置し、恵比寿駅から恵比寿ガーデンプレイスへ続くスカイウォーク(動く歩道)を利用すれば、アクセスがよい。
片山さんは2017年からここで働き、2023年に店を譲り受けて店主となった。
「食材や調味料、だしなどさまざまな要素を、料理人の手によって融合させ、滴り落ちるエッセンスをお客様に味わっていただく、それが店名の由来であり、その想いも含めて受け継ぎました」
白木の一枚板のカウンター7席と個室1室をほぼ一人で切り盛りする。
壁面の棚に置かれた器は、主に故郷・山口の萩焼。作家の紹介も兼ねており、希望があれば販売にも対応している。
メニューは月替わりのおまかせ懐石コースが昼夜それぞれ2種類。
食材ありきで料理を考える料理人が少なくないが、意外にも片山さんはそうではないという。歳時記を頭に描くようなやり方だ。
「今の時期にはあの料理、こんな味つけといった、日本の伝統的な食文化や季節感、体が求める味覚を大事にしており、そこからメニューを組み立てます。もちろん結果的には旬の食材を使うことになりますが」
例えば6月30日の「夏越の祓」に合わせ、護符「蘇民将来子孫也」をつけた茅の輪を器にあしらうなど、器選びや盛りつけの演出も味覚の重要な要素である。
護符の筆文字は片山さんの直筆。10年前から続けている茶道とともに、同じ庵で行われている書道を7年前から学んでいるという。
あえてお品書きは書かず、コースの一品の演出として書を効果的に取り入れているところが心憎い。
「掛け軸の書が読めるようになったらいいだろうなと思ったのが、書道を始めるきっかけです。
元々、僕は字が下手でした。忘れもしない、小学生の時に漢字ドリルの宿題で、時間をかけて一生懸命書いたのに、“岸”の字にバツがつけられていた。“干”を“千”と書いていたからなのですが、その時は理由がわからず、書くことが嫌になりましたね。
今は、美術館で草書が読めたりするとうれしいですし、盛りつけや配置などの美的なバランス感覚にも少し役立っているのではないかと思います」

片山さんの直筆で、西行の春の歌「おしなべて 花のさかりに なりにけり 山の端ごとに かかる白雲」。季節ごとに入れ替え、トイレに飾っている。
お酒は各種あるが、なかでも鍋島、十四代、黒龍など、プレミアムな日本酒が豊富に揃う。
コースのクライマックスは、手作りの和菓子、そしてカウンターの目の前で点てる薄茶。飲み干す“しずく”は、まさに片山さんのおもてなしの心が凝縮された味わいだろう。
家庭でも作れる茶懐石料理と和菓子の教室が人気
主な客層は60〜70代と年齢層が高く、男女比は女性6:男性4ほど。夫婦や女性グループ、接待での利用も少なくないという。
月に数回、料理教室も開催しており、こちらの参加者はほとんどが女性で、年齢層は幅広い。
例えば7月ならば、「あゆ一夜干し」「鳥と冬瓜の煮物」「焼きいちじく」に、和菓子は「寒氷」といった内容で、家庭でも作れる茶懐石料理と和菓子をデモンストレーション形式で紹介。その後、さらに数品を加えた食事として提供し、片山さんが点てる薄茶つき。レシピだけでなく、盛りつけの技や食文化なども学べるうえ、食事も楽しめると大変好評である。
「店にとっては通常営業の集客につながる効果がありますが、何より、人に料理を教えるには、自分の知識や技術、的確な言葉に落とし込む力が問われるため、自分自身の勉強にもなっています」
後編-----
アジ、穴子、初夏の野菜、鴨肉など、上質な食材をシンプルに生かした料理と、得意の和菓子を披露いただく。







