「いつか自分の店を持ちたい」。
そんな願いを現実に変えるとき、心強いパートナーとなるのが建築デザイナーだ。グロサリー「フード&カンパニー」やレストラン「ザ・ブラインド・ドンキー」など数々の人気店を手掛けてきたデザインユニット「スタジオドーナツ」に、空間づくりに込めた思いを聞いた。

事務所スペースは2階に。ここからさまざまなショップが形になってきた。
昔ながらの喫茶店やアジのある酒場が並ぶ東京・中央沿線。「スタジオドーナツ」の事務所は、かつてそろばん教室として親しまれた築50年ほどの木造2階建てを、リノベーションしたものだ。1階の打ち合わせスペースには木材や合板の見本やアイデアの断片が所狭しと並ぶ。ここにいると、鈴木恵太さんと北畑裕未さんの頭の中をのぞいているような気分になる。
2015年、2人はデザインチーム「ランドスケーププロダクツ」を経て独立。現在はスタッフ4名(うちアルバイト1名) で飲食店をはじめとした空間づくりを行う。

デザインユニットとしての歩みをたずねると、北畑さんが懐かしそうに当時を振り返る。
「前職で私は設計部門でレイアウトや内装を担当し、彼はインテリアデザインを手掛けていました。一緒に事務所を開くことを決めて、上司にも相談していたら、親交のあった夫妻から『フード&カンパニー』のデザイン依頼をいただいて。会社から条件付きで許可を得て、週末を中心にプロジェクトを進めました」
時を同じくして、レストラン「モンク」と「ザ・ブラインド・ドンキー」からも声が掛かる。まさに、流れがうねりになった瞬間だった。そこから本格的に「スタジオドーナツ」としての活動がスタート。分野は飲食店に特化したというわけではなく、たまたまだったそう。
「ちょうどその頃、食の背景にあるストーリーに関心が高まりつつありました。デザインやファッションを学んだ同世代がフードの世界へと挑戦を始めた時期でもあり、僕たちの独立とも重なっていたんです」と鈴木さん。
「私たちは食べることも好きなので、飲食店の設計は楽しいです。それに、オープンしたらお店を訪れて、みんなでテーブルを囲める。こんな風に“その後”まで関われるのは、カフェやレストランならではですよね」(北畑さん)
会話を楽しみながら、輪郭をくっきりさせていく

ハレの日を彩るモダンフレンチから、日常に寄り添うおにぎり店まで。「スタジオドーナツ」がこの10年間でデザインした店舗は多岐にわたる。ジャンルは異なっても2人の軸は変わらない。“厨房に立つ人になじむ”空間を生み出すことだ。
「店主が抱く理想を図面に落とし、形にするのが僕たちの役割です。だからこそ、目の前の方が思い描いているものをできるだけ聞きたい。建築的な要件だけでなく、ライフスタイルや趣味、包丁を握るようになったきっかけまで。おしゃべりを重ねるうちに“その人らしさ”が見えてくるんです」(鈴木さん)
「複数店舗を展開されている方との打ち合わせで『あなたたちと話す時間は、私にとって飲みに行っているようなものなんです』と言っていただいたことがあります。内装を考える間は、現実から離れて夢に浸るひとときでもあるんですよね。その高揚感を共有しながら、ゼロをイチにする喜びを一緒に味わう。そんな関係性を大切にしています」(北畑さん)
じっくりと時間をかけて寄り添う在り方は、まさに伴走者そのもの。では、実際にデザインを依頼する場合、どのくらいの期間が必要になるのだろうか。
「プランニング、見積もり、調整という設計期間で4ヶ月はいただくようにしています」(北畑さん)
「リクエストにぴったりの店を仕立てるためには、それくらいの日数がどうしても必要なんですよ」(鈴木さん)
限られた10坪に、最大の可能性を
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「初期投資を抑えられるという点から、10坪の物件を選ばれる方が多いです。でも、実は一番難しい(笑)。なぜなら、厨房設備と席数のせめぎ合いになるので。いずれも飲食店の生命線であるため、妥協はできません。『ビストロ ペア』では、ラウンド型のカウンターを取り入れ、コンパクトながらも17席を確保しました」と鈴木さん。
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東京・北千住駅東口から徒歩3分。昔ながらの商店街と住宅街が広がるエリアで2023年にオープンした。ナチュラルワインと野菜が中心の料理を提供する。
「ザ・ブラインド・ドンキー」の内装に感銘を受けたオーナーシェフが、「スタジオドーナツ」の問い合わせフォームから連絡をくれたのがきっかけだという。
「現場を訪れたときは正直、驚きました。駅から近いのに、とても閑静な一帯で。でも、店主のパートナーの出身地ということもあり、地域の方々とのつながりがあったそうです。だからこそ、開業に踏み切れたのだとか」(北畑さん)
「いまでは『ビストロ ペア』の周辺にコーヒーショップや雑貨店もできたそうです。一つのお店が生まれることで、地域が賑わっていく。街が活き活きとする様子を目の当たりにできるのは、とても嬉しいですね」(鈴木さん)

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暖簾も照明も、作家と共に
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東京・世田谷区役所の向かいで、2024年夏にオープンした「おむすびよさく」。依頼を受けてから、およそ半年をかけて完成させた。
「オーナーの鶴水与作さんは割烹店で扱う高級食材をもっと身近に味わってもらいたいという思いをお持ちでした。ご実家が米農家ということもあり、おにぎり店の開業を決意されたそうです。姉妹店である『松蔭鶴水』のポン酢ラベルを手掛けるブックデザイナー・福間優子さんを通じて、オファーをいただきました。
明るい鶴水さんはいつもダジャレで笑わせてくれます。そんな彼の2店舗目はわずか3坪。厨房設備や食洗機など、機能面では一切妥協せず、綿密なコミュニケーションを重ねていきました。一方でデザインに関しては私たちの提案を快く受け入れてくださいましたね」(北畑さん)

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おにぎりモチーフのライトを壁面にあしらうことで、空間にやさしいムードが漂う。
魚介や野菜など生産者と顔の見える関係を築く鶴水さん。その誠実な姿勢に敬意を込め、インテリアには手仕事の温もりを取り入れた。
ガラス作家・辻野剛さんによるおむすびモチーフのライトが壁を彩り、暖簾は美術作家の佐貫絢郁さんが担当。
稲穂をモチーフにしたドローイングは、遠くからでも存在感を放つ。
「椅子は木工家具ブランド『WEND』にお願いしました。鶴水さんを神奈川・二宮町のアトリエにご案内し、製作過程もご覧いただいたんです。とても嬉しそうにされていて、やっぱり作り手は“ものづくりの現場”が好きなのだと実感しました」(北畑さん)
「僕たちはインテリアの背景にあるストーリーをクライアントにお伝えするようにしています。開業後、店主がその物語をゲストに伝えることで、そこからまた新しい会話が生まれる。そんな循環がある空間づくりを目指しています」(鈴木さん)
シェフのプライベートキッチンを表現

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3軒目にピックアップしたのは、2023年10月、東京・西麻布で誕生したレストラン「TOUMIN」。こちらも「おむすびよさく」と同じく、約6ヶ月で完成。
ただし、面積は30坪!すべての工程において即断即決が求められたそう。
「次世代の食文化を創る企業『イートクリエーター』がプロデュースしています。『井口和哉シェフのプライベートキッチンでの食体験』という明確なコンセプトがありました。厨房を中央に配置し、コの字カウンターで囲みました。ゲストが着席するエリアは絨毯を敷き、調理場にはフローリングを採用。特別な時間を過ごすうえで、触感も大切な要素。着席中に手を置く天板の厚さにも、配慮しています」(鈴木さん)
オープンキッチンはゲストとの距離が近い。心地良いひとときを提供するために細部まで美学を宿らせる必要があるという。
「『TOUMIN』では照明の明るさについても話し合いました。シェフが色味を確認するには、5000K(ケルビン)の昼白色が理想的です。でも、居心地のいい空間を演出するには明かりをやや抑えた方がいい。相反する条件を両立させるため『モデュレックス』社の灯具を取り入れました」(鈴木さん)
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「暖簾はオレンジと青の2色を用意。晴れの日は前者を、雨の日は後者を掛けてお迎えするんですよ」(北畑さん)
「フレンチをベースに和の感覚を取り入れた料理に合わせて、内装も侘び寂びを感じる空間に仕上げました。その分、入口は華やかに。群馬・桐生で100年近くの歴史を持つ染色工場『桐染-KIRISEN-』に製作いただきました」(鈴木さん)
グリーンの壁面と波型装飾が街角にしなやかな存在感を放つ
© KAZUFUMISHIMOYASHIKI
東京・目黒の権之助坂を下ったところに位置し、個性的な色彩で目を引く。
最後に少し特殊な例を挙げてもらった。東京・目黒にあるハーブアイススタンド「アーブ」だ。
「隣接する『レディースクリニックなみなみ』の院長・叶谷愛弓さんの発案で生まれたスペースです。ちょっとでもワクワクするできごとが待っていれば、通院への気持ちもやわらぐのではないかと考えたそうです。小窓の波型装飾は、クリニックの名称からインスパイアを受けたものです」(北畑さん)
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医院名を象徴する“なみなみ”の木材は、内診室のルームプレートにもあしらわれている。数字の部分は「スタジオドーナツ」のメンバーが彫刻刀でひとつずつ削り出したという。
「当初はレーザー彫刻にする予定でした。でも、時間と予算の折り合いがつかず断念。試しに手彫りをしてみたら、むしろ雰囲気にぴったりだったんです。そこで、事務所のみんなで手分けして仕上げました」(北畑さん)
“厨房に立つ人になじむ”を信条に丁寧な対話を重ねて、店主の世界を形づくる「スタジオドーナツ 」。その内装のひとつひとつに、彼らの温かさと穏やかな人柄も滲んでいる。