
代表の片平琢朗さん(左)と、専務取締役の片桐広基さん(右)。
ソーセージやハムといった食肉加工品には、亜硝酸ナトリウムやリン酸塩、グルタミン酸といった添加物が使われているのが一般的だ。
なぜならば、鮮やかな色や旨み、腐敗や劣化の防止、低価格の実現といった目的があるから。
しかし山形の「スモークハウスファイン」は、32年前から添加物をいっさい使わず作り続けてきた。社会の常識にとらわれずに挑戦を続けるというのは、想像するよりも大変なことだ。
それでもオーナーの片平琢朗さんは、「安心しておいしく味わえるものを提供したい」という一心で無添加を貫いてきた。創業したのは19歳のとき。
「若かりしときに、なぜそんな挑戦を?」と聞くと、両親の影響だと答えた。
生まれ育った山形県高畠で起業した片平さん。
「両親はかなりの変わり者で。50年以上前から無農薬の野菜を育てながら、豚を飼っていたんですよ。当時は化学肥料や除草剤を使って、いかにラクに収量を増やすかという農業が主流だった時代。誰も彼もががそうしていたなかで、父は『好きな女に子どもができたから、安全なものを食べさせたい』と考えて無農薬農業を始めたんです」
ファインが工房を構える山形県高畠町は、実は有機農業の先駆地。片平さんの実家には、有機農業を学びにきた人たちが、入れ替わり滞在していたそうだ。
「そんな両親だから育児も独特で、お菓子もジュースはいっさいなし。私たち兄弟は玄米と野菜を食べながら育ちました。だから、友達の家に遊びに行ってお菓子をもらうのが楽しみでしたね(笑)。今でも弟は、『兄貴と一緒に隠れて食べた駄菓子のラーメンは美味かった』って言いますから」
そんな両親に反発しながらも、なにを生業にしようかと考えたとき、片平さんが選んだのは無添加のハム作りだった。
肉を切りながら攪拌するサイレントカッターという機械。精度が高いイタリア製を長年、愛用している。
「最初は大工の修行をしていたんですが、どうにも辛くて。雨風をしのげる場所で仕事をするにはなにができるだろうと考えたら、親が飼ってる豚でハムを作って売ればいいんじゃないかって安直に思ったんですよね。それで18歳のときに群馬にある全国食肉学校で1年間、基礎を学びました」
やがて同級生が就職していくなかで先生に進路を聞かれ、「実家に帰って、無添加のハムを作ります」と宣言。すると「それ、ハムって言わないぞ。亜硝酸を入れないのはハムじゃなくて煮豚だ」と言われたそうだ。
「自分はカップ麺も食べてたけど、なにかを販売するってなったとき、やっぱり両親に刷り込まれた考え方が出てきたんです。化学調味料や添加物を使わないものを売りたかった」
最初は20坪の小さな工房からスタート。両親から無農薬の米や野菜を購入していた、自然食品好きの人たちが顧客となってくれた。
「小さな機械を買って、母と一緒に週に2回作っていました。最初はあまりおいしくなかったし、軌道にのるまでは10年ほどかかりましたね。生活のために外でアルバイトもしていましたが、そのうちに子供ができて。両親が育ててくれたのと同じように、安心なものを食べさせたいという想いを新たにしました」
当初から作っているのは、粗挽きソーセージやロースハム、ベーコン。塩、水、脂、肉というシンプルな原料を微量ずつ調整しながら、ひたすら試行錯誤を繰り返してきた。

「しっかりとした味付けだけど、強すぎず、脂と肉のバランスがいいですね。うちで出すなら、焼いてサラダを添えたり、豆と一緒に煮込んだり、スープにしたりしたいですね。余計なものが入っていないから、いいだしが出ておいしくなりそう」とEmeシェフの武藤泰通さん。
「砂糖を1g足してみよう、水を50cc減らしてみるか、などとやってきましたが、作るたびにレシピを変えるもんだから、卸先に『困ります』って叱られたこともあります(笑)」
同業の先輩たちにも、たくさんのことを教わってきたそうだ。
「突撃して『教えてください!』って頭を下げると、たいていは教えてくれたもんです。一緒に研修に行ったりすると、旅先で仲良くなって教えてくれたりね。だからうちも、誰かが来たら教えますよ。なかなか来ませんけどね」
今は添加物の必要性もわかるようになったので、頭から否定はしない。
「発色をよくする亜硝酸ナトリウムは、ボツリヌス菌を予防するために生ハムには使う必要があるんですね。でも結着力や弾力、保水力のために使うリン酸は、うちでは鮮度のいい肉といい機械を使うから、必要がありません」
屠畜したての新鮮な豚肉ならば、塩を混ぜるだけである程度結着する。それを分離する前にスモークすればリン酸塩は不要だし、新鮮な肉は保水力も高いからカラギーナンなどの増粘多糖類も不要。グルタミン酸を使えばたしかに旨みが強くなるけれど、使わなくても十分おいしいから、安心感を優先して使わない。価格が多少高くなってしまっても、乳たん白や卵たん白などの増量材で価格を抑えることもしたくない。


工場では早くからHACCPの考え方を取り入れた衛生管理をしてきた。認証も取得している。
無添加で賞味期限が短いため、大量生産はせず、こまめに少量ずつ生産している。
「そうやっていろいろなものを引いていって、必要なものだけを使うようになりました。うちのソーセージは引き算のソーセージ。保存料など入れなくてもおいしいものは作れるんだよ、ということを知って欲しいですね」
そんな自然なおいしさが評判を呼び、テレビ番組に出演したりしているうちに、いつの間にか商売は軌道にのっていた。消費者の意識も変化してきて、安全な食品を求める声が増えていったことも背景にある。
「お金の段取りはずっと大変だったけど、無添加でおいしいものを作ろうという努力は、苦労とは感じませんでした。楽天的なのかな」
そう話しながら笑うが、ドイツやスペインを訪ねたり、香辛料の配合にこだわったりと積み重ねてきた経験による味は、ほかには真似できないおいしさだと胸を張る。
「ソーセージの本場であるドイツや、生ハムの本場スペインを訪ねて研究もしてきました。最初にドイツに行ったときは、母がお札を一枚ずつ数えて『これで行ってきなさい』って渡してくれて。どうせ行くのならと出品したIFFA(ハム・ソーセージのワールドカップともいわれる世界大会)で1品だけ賞を獲得できたんです。50もの項目がある厳しい審査なんですが、これには勇気づけられたし、その後の活動の支えになりました」
ひとつの商品に対して、香りや断面など50ほどの項目があり、減点方式で満点だと金賞となる。何個か金賞を重ねると、トロフィーがもらえるそう。
その後もIFFAやSUFFAは毎回出品し、今年は過去最多の14商品が金賞受賞(その他もすべて銀賞受賞)。両親のおかげで51歳の今でも虫歯ゼロだという片平さんは、両親が近隣の農家の方々と一緒に作っていた醤油を使った商品も考案し、ヒットアイテムとなっている。
「無農薬の丸大豆と麦を使って木桶で作った昔ながらの醤油なんです。
ソーセージに入れてみたらおいしくて。今はもう食べられない“おふくろの味”が、自分にとってのいちばんおいしいものなんですよ。父や母と同じ気持ちを大切に、これからも安心・安全なものを作り続けていきます」