生きるために必要なものを生み出すため 大地にしっかりと根を張って

生きるために必要なものを生み出すため
大地にしっかりと根を張って

2025.07.22

 

就農して6年目。千葉県の南端に位置する安房地方で野菜を育てている「農園NaZemi(ナゼミ)」。不思議な響きを持つ名前は、農園主である鶴岡妙子さんが以前暮らしていたチェコの言葉。Naは上、Zemiは地面や国、大地を表している。

鶴岡さんが農業を始めたのは、チェコでの経験がきっかけだった。



「当時は商社で仕事をしていましたが、モノをまわしているだけのような違和感があって。モノを作るほうの仕事がしたいと思いましたが、私はどちらかというとミニマリストの類で、物質的なモノが残るのは好きじゃない。作るなら消えものがいいなと思ったんです」

生き方を模索する一方で、日本人が食べることが好きだということを外国でひしひしと感じていた。

「私も含めて日本人って、あのときのアレがおいしかった、とか、どっかに食べに行こうとか、そんな話ばっかりしてるんですよね(笑)。みんな食べることが好き。また外国ではよく人が集まって、一緒に料理をしたり、食事をしたりして絆を深め合いますが、そういう同じ釜の飯的な力もいいなぁと。そんなことを考えているうちに、自然と農業に興味がわいてきたんです」

とはいえ、実家が農家なわけでもなく、農業の経験はまったくない。当然、周りの人には反対された。



「本気?無理でしょ、とばかり言われたけど、とりあえずやってみようと。まずは帰国して、農家さんの収穫時期のお手伝いなどを始めました。学生さんの繁忙期アルバイトみたいな、半年ほどの短期間の体験です。農業系の派遣会社にも登録して。いざやってみたら、私、けっこう体力あるな、いけるな、と思いました(笑)」

農業体験をするうちに「人が生きていくにあたっていちばん必要なもの、食べるものを作りたいのだから、できれば化学肥料も農薬も使いたくない」という方針も決まっていった。いろいろと調べて試していくうちに循環農法に辿りつき、お母さまの出生地から近い三芳村で就農。

「海と山からの恵みがあり、穏やかな気候で有機農法が普及している土地です。地区ごとの祭礼も盛んで、平日にお祭りがあれば子どもに学校を休ませることも。昔は稲刈り休みとかあったんじゃないかな」

森の麓に位置する畑の難点は猪による被害。特に猪の好物だというとうもろこしや里芋は、獣害対応に悩まされている。


鶴岡さんはこの安房地方に点在するいくつかの小さな畑で、農薬や化学肥料をいっさい使わず、固定種・在来種を中心とした野菜を育てている。肥料は、近所で親しくしている平飼い養鶏農家(抗生物質不使用)の鶏糞や刈った雑草、野菜の残渣(ざんさ)を土にすき込んで。畑のあちらこちらに点在しているマリーゴールドやバジルは、虫除けのためのコンパニオンプランツ。端に茂っている雑草のような草は、緑肥用のソルゴー。

かつてチェコで感じていたストレスは、今はまったくない。

ご近所で親しくしている養鶏農家、「百姓屋敷じろえむ」。平飼いの鶏舎から出る鶏糞をもらって堆肥にすることも。


「もちろんお天気任せの仕事だから、常に生活には不安がいっぱいです。税金も増えていくし、少子化も心配だし、この国、大丈夫かなと思う。だけど、人のわがままに付き合う必要がない。お天気には振り回されるけれど、そこは怒ってもいられないし」



取材日に訪れた畑では、ダビデの星(オクラ)、真黒ナス、ツルムラサキ、空芯菜、ししとう、万願寺とうがらし、緑ナス、メキシコミゼット(トマト)などが育っていた。秋ごろにはローゼルや里芋がとれるはずだ。ツルが枯れかかり、人の腕ほどの大きさに育ったきゅうりは種取り用。

「種取りが難しいものに関してはF1種も育てていますが、基本的には、そこに種があるなら取ってまた育てればいいじゃない、と思う。興味を持った野菜はまず栽培してみて、この土地に合うか様子を見ます。ただ、近年の夏の暑さは植物の限界を感じますよね……。このあたりは山からの獣害もあるので、同じ野菜でも違う場所の畑に分けて、リスクヘッジをとっています」

鶴岡さんにとってよい生産者とは、と聞いてみたところ、「野菜のポテンシャルを引き出すことができて、地域の未来を考えられる生産者」と答えてくれた。

夏の農作業で最も大変なのは、草刈り。雨が少ないと不安になるが、降ると急に大量に収穫できるので忙しくなる。すべてはお天気まかせ。


「そのために必要なことは、やっぱり土づくりですよね。耕作放棄されていた土地は、ダメになりがち。やりすぎない程度に良いことをしつつ、ひたすら待つことが肝心かと。土づくりには4年くらいはかかるなと思います。育てた野菜はどれも自慢のおいしさです。走り、旬、名残りの時期での味の違いがあるので、その野菜の一生のすべてを感じていただきたいですね」

今後は畑の面積をもっと増やし、近いうちに稲作も手がける予定だとか。

「日本全国同じかと思いますが、耕作放棄地が増えてきているので、田んぼにもトライしたい。稲作をやるってことは、水路の管理などもあって、より地域に入っていくってことなんですよね」

つまりはこの地域の風景や、ほど近い海の環境までにもつながっていくのだ。


「Na Zemi」のウェブサイトには、

「植物の種は記憶します。

遠く、世界中の地で育種された種が、
この安房の地に播かれ、根を張り、花が咲き、実をつける。
そして、種を残して、土に還る。

それを何代も繰り返して、
この土地にあった“安房地方の野菜”となっていきます。

私たちも、そんな種のようにありたい、と、思っています」
とある。


「大地とは、国、地球である」という想いを込めて畑仕事に勤しむ鶴岡さんの姿から、自然や地域と調和し、共生していく道筋が見えてくる。




ライター 藤井 志織 / カメラマン 下屋敷 和文

農園NaZemi

千葉県の館山市と南房総市にて活動している農家。農薬や化学肥料を使わず、固定種・在来種を中心に、自家採取しながら野菜を育てている。NaZemiとは「Na」上「Zemi」地面、国、地球のことを表すチェコ語。「大地を耕すことは、国、地球を耕すこと」という気持ちで畑仕事に勤しんでいる