国産飼料と長期飼育にこだわった 牛肉の究極のおいしさ

国産飼料と長期飼育にこだわった
牛肉の究極のおいしさ

2025.08.18

肉質等級を上げることより
食味アップを重視

 

「すべて国産の餌で育てている黒毛和牛」と聞くと、牛事情に詳しい人なら誰もが驚くだろう。なぜならば、国産飼料はコストが高く供給量も足りないため、ほとんどの畜産業者は輸入飼料を与えているから。しかし「なごみ農産」では国産の、しかも可能な限り近隣地域から仕入れた原料を飼料にしている。



肉料理の巨匠と呼ばれるフレンチレストラン「マルディ グラ」のオーナーシェフ、和知 徹さんも、「なごみ農産」に興味津々。「ハンバーグを食べてみたら、とてもおいしかった。長期飼育という点も気になっています」という和知さんとともに、山形県天童市の牧場を訪れた。

「なごみ農産」は先代が預託農家(子牛を預かって飼育する)だったことから、現社長が自分たちの牛でやっていこうと会社を設立。「飼料の価格を下げて牛を大きくする」という一般的な育て方からスタートしたものの、東日本大震災によって餌が入手できなくなるという困難に直面した。そこで「できる限りのものをあげてみた」ところ、食味がよくなったことが転機となったそうだ。



「当時は“米余り”(米の生産量が消費量を上回る状況)という社会状況もあり、飼料米が安かったからあげてみたんです。そうしたら脂がさっぱりとしておいしくなった。一般的に牛肉はB.M.S.(牛脂肪交雑基準=牛肉の霜降り度合いを表す)でおいしいと判断されがちですが、うちではサシにこだわりません。B.M.S.は参考程度にして、あくまで食味を大事にしています」と専務の矢野 克さん。

日本では、牛の価格は等級によって決まる。そこで多くの生産者は、肉質等級を高くするために霜降りの量を増やそうと、牧草をもとにした“粗飼料”だけでなく、トウモロコシや大豆などの“濃厚飼料”を多く与えて脂肪を蓄積させている。

となると日本ではほぼ生産されていない飼料用トウモロコシを始めとした飼料は、輸入に頼っているのが現状だ。遺伝子組み換えなどの不安があるにも関わらず、国産飼料は現実的ではないと考えられているのである。

「なごみ農産」では肉質等級をあげることよりも、食味を大切にしている。あっさりした味を追求しており、一般的な配合飼料ではとうもろこしや大麦の割合が多くなるが、なごみ農産では米が主体となっている。とはいえ、保存料や添加物もなしの国産飼料で育てている生産者となると、日本中を探してもなかなか見つからないだろう。

「もちろんコストはかなりかかっていて、贅沢なことだと思います。それでも安心・安全面のためにも自分たちで飼料の生産現場を訪れて見極めたものを使いたい。同じ気候風土で育った食物は相性がいいので、地元産の餌を与えれば最高の風味になるはずだとも考えています。そのために数年かけて試行錯誤してきました。

「毎日15種類の原料を混ぜて、毎日5.5トンの餌を与えています。新鮮なもののほうが牛たちの喰いつきがいいんですよ」と農場長の星川直之さん。


近隣の農家さんを口説いて飼料用トウモロコシ(デントコーン)の栽培をお願いしたり、ご縁があった生産者さんから蕎麦粉を仕入れたり。近くの酒造から酒粕を供給してもらったり、近隣の『三和油脂』さんから大豆油の絞りカスを分けてもらったりもしています」

見学にきた人が「国産の麦だなんて、今朝、私が食べてきたオートミールより高級品ですね」と笑ったというが、米を始め、原料価格が高騰している今は厳しい状況が続いている。それにもかかわらず、きめの細かい肉質や赤身の旨み、脂肪の甘さやバランスなど、国産飼料で育てた牛は、こだわる甲斐があるおいしさなのだ。
信頼のおける原料をどのように料理するかということも、大切なポイント。


牛舎の床から回収した使用済みの敷料には、牛の糞尿やおがくずが含まれている。近隣の米農家や果樹農家にも人気。


「山形県や慶應義塾大学の協力を得て、素材の栄養価を高めながらも、牛の胃に負担をかけず、消化吸収率が高まる飼料設計を研究し続けています。同じ原料でも、牛の消化速度をずらすために加水発酵や加熱・圧ぺんなど数種類の加工を施しています。

粉砕しすぎるとダメだったり、籾殻が残っていると胃に負担がかかったり、なかなか難しいんですよ。例えばお米と酒粕を混ぜて乳酸発酵させたSGSは、発酵に失敗すると牛の胃に負担をかけてしまう。ここで失敗すると、牛を育てている2年が無駄になってしまうから怖いですね」


「生産者によって、海藻やビールの搾りカスを使うなど、飼料のこだわりはさまざま。こちらは極めて地元産にこだわっているのがすごい。この餌なら、内臓もおいしいだろうな」と和知さん。


トライ&エラーの結果、ようやくここ2〜3年で順調に飼料が作れるようになってきたそうだ。飼料のブレンドを企業秘密とする生産者が多いなか、「なごみ農産」はすべてを公開している。

「お客さまに安心しておいしく食べていただきたいから、1から10まですべて公開しています。でも、おいそれと真似できるものではないという自信がありますね。地域での連携、これまで培ってきた技術、多くの手間と、ほかではなかなか難しいと思います」

「なごみ農産」で育てている牛は約1000頭。栄養効率と牛の健康のために手間暇をかけるには、この頭数が限度だとか。

「国産飼料の質を保ちたいし、きちんとこだわって育てたい。大規模にすることよりもより改良して、さらにおいしい牛を育てていきたいと思っています」


「おいしい肉」とはなにか。
和牛本来の凝縮された味を追究


贅沢なのは飼料だけではない。肥育期間は一般的に20ヶ月程度であるなか、「なごみ農産」では980日(32ヶ月)以上。じっくりと時間をかけて育てることで、加工後も日持ちがよく、質の高い肉となるそうだ。



「若すぎると水分量が多く、味が凝縮していないんですね。逆に歳をとりすぎると硬くなってしまう。牛はだいたい900日くらいで食が細くなってきます。それを業界では“たちがれ”と言いますが、うちではそこから少し経ったくらいが求めている味。個体差はありますが、約3年というのがうちで見極めたいちばん仕上がりがいい数値ですね」

飼料や肥育期間など、すべての判断基準は牛のおいしさ。試食するときは先入観が出ないよう、焼き時間や表裏を返すタイミングなどすべて同じ条件にし、塩もなにもつけずブラインドで試すそうだ。肉そのものの味わいの良さが評判を呼び、近年はラグジュアリーホテルや老舗百貨店、高級飲食店からも注文が絶えない。



「今は、飲食店さんや百貨店さんから直接注文をいただくことがほとんどですが、まだ知名度が低かった頃は市場に卸すこともありました。ほかの牛に比べてうちのは小さめなので、なんだか恥ずかしかったくらい。でも最近は、サシが求められていない傾向も感じています。『A5ランクの高級感は欲しいけれど、脂がしつこいと胃もたれしてしまう』なんて声もあるみたいで(笑)」

卸している飲食店は「なごみ農産の肉はおかわりの回数が多い」と話すそうで、レストランやホテルで食べて知った人が「あの味に感動した」と言って訪ねてくることも。

「脂がしつこいと濃い味のタレが必要になりますが、うちの牛は塩、胡椒だけで十分です。うちの脂はあっさり、さっぱりしていて食べやすい、甘いなどとよく言っていただくんですが、等級よりも食味を大切にやってきたからこそ。シンプルに焼いて食べるのがいちばん好きですね」


健康で良質な肉に仕上げるために
一頭一頭を丁寧にケアしながら育てる


骨や筋肉を育てる時期の子牛は、よく運動できるように中型の牛舎で。出荷前の成牛は、脂肪がつくように少し狭い牛舎となる。


見学させてもらった牛舎は清潔で広く、風通しがよい。同じ囲いに入れる牛たちの相性にも配慮しており、ストレスフリーな環境といえる。牛舎に敷いたおがくずは、近隣の製材場から入手したもの。2〜3日ごとに新鮮なおがくずを足しているため、糞尿はほとんど臭わない。牛たちは健康なので、病気や怪我はほとんどないそうだ。



「国内外のさまざまな生産者を訪ねてきましたが、ここの牛たちはとってものんびりとした穏やかな表情でくつろいでいるように感じます。気になるのはお水。肉の味に影響してくると思うんですが、どんなお水を与えているんですか? 地元産のお米から間接的に山形の雪解け水を摂取しているかもしれませんね」
と和知さん。牛は1日に20〜50Lの水を飲むというので、気になるところ。



「地下水です。このあたりの水は、温泉みたいなぬめりのある水なんです。近くに温泉もありますし。ミネラルが多めで利尿作用があるので、牛たちの尿が多くなりすぎるという難点が(笑)。牛舎が汚れてしまうので、水道水で適宜薄めながらあげています」と農場長。

実は濃厚飼料を過剰に摂取した牛は尿結石症になりやすいと言われているが、この水のおかげで排尿が頻繁だからか、「なごみ農産」の牛はなりにくいそう。

「牛はストレスを受けやすい繊細な動物で、居住環境や牛同士の関係性で拒食になったり、3日ほど体調不良が続くと突然死んでしまったりすることもあるんです。だからうちでは獣医が常駐していて、餌は毎日ブレンドした新鮮なものを与えています。一頭一頭の様子を見て、心身ともに健康に過ごせる環境を整えてることも大切ですね」



効率性を重視した工業的な畜産からかけ離れた「なごみ農産」の飼育方法。なかでも最高の仕上がりと認められたものだけが「和の奏」(なごみのかなで)という自社ブランド牛として出荷される。

「うちの牛はすべて抜群のおいしさですが、特に自信を持って出せるものが『和の奏』。全体の10〜20%ほどなので、かなり貴重です。言葉を尽くしてこだわりを伝えるよりも、まずは食べてもらいたいですね。味わいの深さと脂の甘さが、きっとわかっていただけるはず」


直営施設「asobo」にて地域貢献のために赤字覚悟の食べ放題やつかみどりなどのイベントをすることも。販売している合い挽き肉のハンバーグは、天童で同様に米で育てている「天姫豚」を使用。



ライター 藤井 志織 / カメラマン 下屋敷 和文

なごみ農産

山形県天童市の畜産農家。2008年に「和農産」から「なごみ農産」と社名変更。2012年より山形県産の米を主体とした国産飼料100%に。980日以上かけて国産飼料のみで育てた黒毛和種は、脂が甘くあっさりと食べやすいと好評。農場HACCP取得。2021年には「全国優良畜産経営管理技術発表会」で最優秀賞(農林水産大臣賞)を受賞。