千葉県南房総の山あいで育まれた 澄んだ味わいの熟成ジビエ

千葉県南房総の山あいで育まれた
澄んだ味わいの熟成ジビエ

2025.07.22

 



今、日本全国で問題となっているのが獣害。千葉県でも農作物への被害が甚大となっている。
鴨川市と南房総市にまたがる嶺岡山地と呼ばれるこの土地に7年前に移住してきたのが、ヘイミッシュ・マーフィーさん。オーストラリア出身で、37年前に仕事のために来日。長く東京で金融の仕事をしてきたが、自然を求めて週末を過ごす場所として20年ほど前に鴨川と出会った。



「初めて来たときから、鴨川は不思議なくらいポジティブなエネルギーが溢れている場所だと感じました。海も山もあって、水も豊かで、縄文の遺跡もたくさんある。そのうちにこの山に出会って購入し、家を建てて週末を過ごしていましたが、10年ほど前に会社を辞めてパーマカルチャーを学ぶことに。同時にこの土地を開墾し始めたんです」

1万坪もある山は道路はもちろん、水道も通っていない手付かずの森。その一部をパーマカルチャーの理念に添って開墾し、畑を作ったり、池を作ったり。環境に負荷をかけず、そこにある資源を最大限に有効活用しながら、多様な生態系を構築してきた。7年前からは週末の家をゲスト用の宿泊施設とし、自身は山の上に小さな家を建てて自給自足の暮らしをしている。



「完全に移住してから、ご近所の方々と関わりが増えました。この集落でいちばんお世話になっている方は猟師でもあり、獲れた肉をいただいたら純粋な味ですごくおいしかった。私も彼に解体のテクニックを教えてもらいました。ただ、このあたりにはジビエ用の解体場がないから、肉を販売することができなかった。獲れた肉はご近所さんにあげるだけだったんです」

もともと料理上手でホームパーティーを頻繁に開催していた母のもとに育ったヘイミッシュさんは、かなりのグルメ。外食でもいろいろと食べてきたなかで、ここのジビエの味は極上だと感じたからこそ、もっと多くの人に食べてもらいたいと思ったそうだ。


解体場の隣には工房が。今、提携している猟師は4人ほどいるそう。


「そこで猟師さんたちにサポートしてもらいながら、2年かけてジビエ用の解体処理施設の許可や資格を取得することができました。今は猟師さんたちが持ってきてくれた鹿や猪を、ここで解体して熟成しています。

日本ではジビエを熟成させることがまだ珍しいのですが、熟成させると肉が柔らかくなり、甘みや味わいの深みが増します。ただ、例えば農家の方が罠を仕掛けてかかった場合は止め刺しの技術がない場合も。そんなときはうちの猟師さんが締めに行きます。締めた後、すぐに正しい方法で血抜きをすることが良質なジビエの必須条件ですから。罠にかかった後の始末も大変だし、動物は無駄にならないし、お互いにメリットがある」


熟成期間は鹿で約2週間、猪は1週間ほど。熟成具合は肉の香りや見た目で判断できるのだとか。


鹿は2週間、猪は1週間ほど熟成させると、さらに旨みが引き出されるそうだ。ジビエを使ったソーセージは自慢の一品。



「本来、野山を駆け回って自然の中で育ったジビエは味がマイルドなもの。臭いものは、血抜きや管理など処理の仕方が悪いんですね。私はジビエそのものの味がわかるくらいの調味料しか使いません。いちばん大切な塩は、アンデス山の標高約3000mの所にある塩田で、地下から湧き出た塩水を天日乾燥させたものを中心に使っています」

いつもジビエに合う食材を探しているそうで、沖縄で出会った島胡椒や、ヒマラヤの硫黄の香りがする黒塩なども愛用中。


山を開拓し、ソーセージなどに使うための野菜やハーブ類を育てている。原種に近いものほど、農薬や肥料を使わずに育つたくましさがあるそう。


「なるべく日本のものを選びたいと思っていて、この森に自生している山椒の実なども使っています。畑ではフェンネルやにんにく、タイバジル、しそを育てているし、森にもきんかんやみかん、ネパール胡椒などを植えています。だからエディブルフォレスト(食べられる森)と呼んでいるんですよ」

木を切ったり、剪定したりして、地面に日光が届くように森の手入れをするのも、ヘイミッシュさんの仕事。断熱材にもみ殻を使うような土に還る家を作ったり、コンポストトイレを利用して排泄物を庭や畑の肥料にしたり。森の手入れをし、野生の動物の命をいただくことは、人間も自然の一部として、自然の恵みを繋げていくことでもある。



「動物には意識があるので、大切にしないといけません。猟師さんは締める前に感謝を伝えます。私も商品にならない内臓部分を竹チップとブレンドして肥料にしたり、骨はボーンチャイナを作る陶芸家の友人にあげたり、商品にはならないような状態が悪い肉をペットフードを作る会社に渡したり、できる限り大切に使い切るようにしています。革を使ってくれる人がいたらうれしいですね」

今後もジビエや趣味の一つである音楽を通して、生活を楽しみながら、人と繋がっていきたいと考えているそう。


パーマカルチャーの考え方に基づいて、自然素材で建てられた自宅。友人であるバリ島のアーティストの作品があちらこちらに飾られていた。


「鴨川は経済的に豊かではないけれど、住んでいる人たちがみんなやさしい。お互いさまの精神で、助け合って思い合って生きています。日本全体が今は不況で人口が減って落ち込んでいる状況だけど、ここまできたら生まれ変わるしかない。今後は絶対面白くなっていくはずですよ」

未来の展望を明るく語ってくれた元証券マンに、嶺岡ジビエのおいしい食べ方を聞いてみた。



「家ではよく、根菜やインゲンなどをさっとゆでて冷やしてから、焼いたジビエと合わせて、塩、胡椒、スパイスで味付けしたものと合わせるサラダを作ります。仕上げにチーズやオイルをかけてもおいしいですよ。妻は猪のミンチに山椒か島胡椒を加えて肉団子を作り、しいたけやお揚げと一緒にうどんや蕎麦に入れています。これも最高ですよ。ミンチを焼き付けてピザにのせるのもいいですね。本来の味がわかるような、シンプルな食べかたがいちばんだと思います」



ライター 藤井 志織 / カメラマン 下屋敷 和文

MINEOKA GIBIER

千葉県鴨川市で、野生の鹿や猪を捕獲し、2時間以内に解体処理。専用冷蔵庫にて熟成させてから、ソーセージなどの加工食品を丁寧に手作りし、販売している。千葉県で最も標高の高い愛宕山を有する嶺岡山地に位置することからの命名。添加物をいっさい使わず、ハーブやスパイスを巧みに使った味わいが注目を集めている。