ヴィンテージを丁寧にリペア、次世代に繋ぐものづくり。

ヴィンテージを丁寧にリペア、次世代に繋ぐものづくり。

2025.07.17

適当な余白と共に

 

学芸大学から目黒駅方面へ徒歩20分、目黒通り沿いにある『FILM』は、オランダを中心とするヨーロッパの国々で買い付けた、有名無名を問わず質のよいヴィンテージ家具をセレクトするインテリアショップ。バイイングを担当する店主の岩舘亮太さんと、リペア担当の浅井洋平さんのお二人で経営されている。買い付けたアイテムたちは、そのまま店頭に並べられるのではなく、リペア担当の浅井さんが自社工房で締め直しやグラつきの修復、サンディングといったリペアを施し、新たな息を吹き込み世の中に送り出している。オープン直後にコロナ禍に突入した2019年から二人で始めた『FILM』、店主の岩舘さんにここまでのストーリーを伺った。



「『FILM』という店名は、響きだけで決めました。さまざまな言葉を組み合わせて深みを持たせたものにしたいなと思っていたのですが、考えても考えても自分たち的にスッと入ってくるものが見つからなかったんです。『FILM』は一度聴いたら覚えてもらえそうだし、なにより読みやすい。意味がありそうでなさそうで適当な感じが気に入っています」

岩舘さんと浅井さんのお二人は、独立直前まで同じヴィンテージショップに勤務していた。それぞれバイヤーとメンテナンス担当の職人として働いていたが、店舗とメンテナンスの場所が違ったために日々の交流はそこまでなかったそうだが、新しく店舗を立ち上げることに決めてからは全てが急ピッチで進んだ。


穏やかな光の店舗1階部分はアトリエのように落ち着いた雰囲気。アイアンやガラスなど、さまざまな素材が使われたソファやサイドテーブル、椅子などが取り揃えられている。


「場所と資金さえ確保できたらいける!と2人で銀行に行って借入れをして、そこからバイイングに行きました。二人が以前に働いていたヴィンテージショップがこの場所だったのですが、店舗をどこにしようかと探していた時に、タイミングよく店を閉めることが決まったので、そのまま譲り受けることにしました。働いていた通い慣れた店舗が、自分たちの新しいお店決まりました。僕は2010年からずっとこの場所で働いていたので勝手もわかっていたし、ラッキーでしたね。内装は、1階部分はほぼ変えていませんが、2階は廃墟のようなイメージの内装だったので、自分たちで壁や床を白く塗り替えてスタジオのような雰囲気にしました」


一度役目を終えたアイテムに、更なる光を与えるために

 

多くの方はあまり聞き馴染みのないかもしれない「ダッチデザイン」と呼ばれる堅牢でシンプルな造りのモノが豊富に並ぶ店内。詰め込みすぎずにある程度の余白を持たせているため、家具の輪郭が際立ち美しく見えるように配慮された配置だ。店舗は同じビルの1階と2階に分かれていて、1階には自らで作ったメンテナンス作業をするバックスペースも完備し、家具の個性をいかした丁寧なメンテナンスが行われている。

「かなり状態が悪いアイテムでも、彼なら直せるだろうと思い買って帰ってきます。浅井の仕事ぶりはずっと見てきたので、彼の職人としての技には全幅の信頼を置いています」

1階のアトリエ部分の壁には日常的に使用する工具がたくさんかけられている。


「アトリエの壁は、コンパクトですが、使いやすいように考えて自分たちで作りました。ここでできるものはここでリペアしますが、流石に狭いのでもう1つ埼玉県にアトリエを持っています。非効率だとは思うのですが、今は全てを2人でこなしているので、まず2人で1週間のルーティンを決めて、こちらで塗装の手前まで修復をしてからあちらに運んだり、またその後の仕上げのためにこちらに運んだり。2箇所、2フロアに分かれているので、階段がきついです(笑)」

セレクトしてきた家具をそのまま販売することはなく、できるだけ元の形に戻せるようにと考えられたリペアが行われている。そのものたちが作られた時の姿に近づけるように、想像しながら考えながら、浅井さんがこれまで約20年間収集してきた大量のヴィンテージのネジやビスなどを駆使して行われるリペアは、多くの時代と作り手に寄り添ったものだ。当然コンディションは新品のように整っていて、さらに時を経てきたヴィンテージの深みもある。いわゆるヴィンテージといっても明るい雰囲気で手に取りやすく、ライフスタイルにスッと馴染み寄り添ってくれる空気感を漂わせている。

「ソファやチェアなど、張替前にご案内をして生地からお選びいただくこともあります。セレクトしてきたばかりのメンテナンス前のアイテムをご覧いただくことになるのですが、みなさん想像力を働かせて楽しんで選んでくださいます。でも、リペアした後には、みなさん〈こんなに見違えるなんて!〉と驚いてくださるんですよ」


さまざまな家具をリペアした時に出てきたネジや椅子の足は、次のリペアで使えるかもしれないので大切に保管。これまでの20年のリペア経験で出てきた貴重なものたち。

 


空間をさらに自由に楽しむには

 

岩舘さんのお気に入りだという2階は、窓からの光が気持ちの良い広々とした空間が広がっている。立ち上げ当初は60年代のものを主にセレクトしていたが、それだけだと店内が重くなってしまうため、80年代と90年代の軽やかな作りのもので引き締めたり、ワンポイントとして取り入れたりしているんだそう。ヴィンテージ家具だけでなく1点もののアート作品やオブジェなど、インテリアのポイントとなるようなアイテムも多くみられる。

「買い付けの楽しさは、毎回毎回出会うアイテムが違うので、その度に〈どんなものと出会えるんだろう!〉とワクワクさせてくれるところです。ふらっと入ったアンティークショップに1つだけあったすごくかっこいいアートを買い付けた時などは、めちゃくちゃテンションが上がりますね。デザイナー家具も仕入れてはいますが、特化しているわけではないんです。なので、デザイナーのルーツやうんちくを知りたい人より、直感的にものを選ぶ、出会いを大切にしているお客様が多いように思います。ヨーロッパのヴィンテージは作りの良いものが本当に多くて、特に北欧家具は匠の技というか、職人目線から見てもやっぱりとても良い作りのものが多いです。オランダは、そこをミックスしつつ捻りを加えたアイテムたちが出てくるので、個人的には60年代のアイテムが好きですね」

ほぼ直感でバイイングをしているというだけあって、フラットな目線で選ばれているのが感じられ、国やスタイルという枠を超えて自由な気持ちで家具と向き合える空間になっている。美しくレイアウトされた店内を見ていると、それを意識してアイテムを選ぶことで、空間の印象は大きく変えられるのだと実感することができる。

明るい陽射しが差し込む店舗2階部分は、白い壁と床に木の家具が美しく映える。

 


新たな試みと更なる展望

 

「ここ最近は1960年代くらいのドイツのフラワーベースを多く仕入れています。家具だけだと少し味気ないなと思って、最初はキャビネットの上にディスプレイ用として20個程度仕入れました。当初は非売品にしていて販売をしていなかったのですが、ご希望の方が多くなってきたのでたくさん仕入れることにしたんです。たまたまその方がコレクターだったので、かなりの数を安定して仕入れることができています。家で過ごす時間が長くなり、花やグリーンに興味を持つようになった方が多く、ふらりといらしてお買い求めいただくことが多いですね。ガラスのフラワーベースも人気があるので、ラインナップを広げているところです。ご自宅用にお求めになる方もいらっしゃいますし、アパレルショップやレストランなどにご購入される方も多いです」

個性的な形や色使いのドイツのヴィンテージフラワーベースたち。
陶器のフラワーベースと並んで人気が高いのがガラスのもの。夏だけでなく1年中人気があるのだとか。



コロナ禍ではSNSなどで少ない情報量の中でディーラーとやり取りしながら買い付けをしていたという岩舘さん。今は現場に赴き、直接ものに触れられるのが何より楽しいという。直感で選んできたアイテムたちを、直感で受け止め選ぶ楽しみを、ぜひ味わっていただきたい。店内に今までになかったような古いものが1つでもあることで、ガラリと変わる雰囲気を感じてみてはいかがだろうか。今後は地方の一棟貸しの宿やAirbnbのような空間を、すべて自分たち『FILM』の家具で揃えることもしてみたいと、未来を見据えたさらに広い展望を語ってくれた。『FILM』の活躍の場が広がるのが楽しみだ。





今回、目黒にある「花すけ」さんにフラワーベースにお花を生けていただいた。
店主のジロケンこと髙橋健治郎さんは、目黒で花屋を営んでいたご両親の背中を見て育ち、気づけば花とともに35年以上。現在は学芸大学駅近くに暮らしながら、毎朝市場へ通い、地元に根ざした花屋として日々の営みを続けている。

「ただ花を売るだけじゃつまらないからね」と語るジロケンさん。お客さんの雰囲気に合わせた“お任せ”の花束は特に人気で、花選びも「足すより引き算」。詰め込みすぎず、余白を残すことで花そのものの美しさが際立つという。その感覚は、まさにFILMが大切にしている「余白のある空間づくり」と重なる。

「FILMの花瓶は、下に重みがあって安定感がある。花を生けなくても、それだけで様になるよ」とジロケンさん。花を詰め込みすぎず、2〜3個並べて飾るのがおすすめだそうだ。
家具と同じように、花や花瓶にも“余白”を残すことで、空間に心地よいリズムが生まれる。

 

■花すけ
東京都目黒区中町1-25-20 鮨八ビル101
https://www.instagram.com/jirokenjiroken/?hl=ja






ライター 行方 ひさこ / カメラマン 下屋敷 和文

FILM

東京・目黒通り沿いにある家具のヴィンテージショップ。古いアイテムだが新鮮に映る、数十年もの時を経て、現在もなお色褪せない優れたデザインや当時の職人が造る質の高いヴィンテージ家具や雑貨、アートを有名、無名問わずセレクトしている。

住所:東京都目黒区中町1-6-14 宝恵マンション1F/2F
電話:03-5734-1011
営業時間:12:00~19:00
定休日:水曜日